- Vol.5 -

「春の次に来るものは。」

 夕方から雨が降り始めました。昨日までは花曇でしたが、なんとかお天気ももってお花見には暑くも寒くもなく、すごしやすい陽気でした。桜が満開を過ぎると、毎年なぜか雨が降ります。桜吹雪は春爛漫って感じで好きですけど、桜が散るのは残念です。東京の春って結構短いような気がします。

 僕は、信州安曇野にあるとある村の出身です。この時期は、冬の間真白い雪に覆われていた常念岳に、黒い斑点のような雪解けが麓から山頂に向けて次第に広がって行き、山が冬から春へ姿を変えて行く季節です。麓にあるわさび田には、白いわさびの花がチラチラと見られるようになりますが、まだ桜の季節ではありません。安曇野は標高が500メートル超える松本盆地の北側に位置し、結構春の訪れが遅いのです。この村では、小学校の入学式にはまだ桜は咲きません。桜が満開の季節を迎えるのは4月も中旬になってからです。

 家の近くの田んぼにはまだ冷たい雪解け水が張られ、バタバタと田植えを行うために代かきをする耕運機の音が響きます。その田んぼの脇のビニールトンネルには、まだ薄い黄色い早苗が田植えの時期を待ちながら、しだいに黄緑から緑へと色を変えて行きます。
 冬の間、田んぼの土手の中でひたすら春を待っていた蛙が、一雨降るといっせいに起きだして、おたまじゃくしを誕生させる準備を始めます。この時期の蛙はゲロゲロ鳴いたりせず、ただ黙って叢を跳ね回ったり水の中を泳ぎまわるだけです。ほんのわずか暖かくなった春の陽気に半ばウトウトしているのかも知れません。
 冬の間は、何もない田んぼをまっすぐ横切って学校まで最短距離を歩いて行けたのに、春になると、土手を回ったり、草の生えた田んぼ道をわざわざ遠まわりをしなくてはいけません。今考えると、それはあたりまえのことだと思いますが、子供心には結構嫌だったような記憶があります。
 雨が降ると、傘を水車のようにころころ転がしていくつも傘の骨を折ったり、長靴ごと田んぼ脇の水路にはまり、中がクチョグチョになり歩くたびにグイーッコグイーッコと音を立てて帰ると良く祖母に叱られました。

 今でも何年かに一度は子供を連れて帰省することがありますが、まわりの風景はあまり変わっていません。変わったとすれば、耕運機がトラクターになって田んぼの中を歩き回る事が少なくなった事や、区画整備が進み四角い田んぼになったため、グネグネ曲がっていた土手や田んぼ道がまっすぐになってしまったこと、自分が父親になったことなどです。
時々、母親が昔のほとんど白黒写真の貼られたアルバムをどこからか探し出してきて、子供たちに「お父さんの子供のころは・・・」と話をすることがあります。自分の子供に自分が子供だったころの話をされるのは複雑な思いがします。でも、昔は写真ってけっこう貴重で高価であったにもかかわらず、こうして今見ることができるのは、祖父母や両親が何かの機会があるごとに、写真を写して三角コーナーでアルバムに整理し残してくれたからなのです。今の子供に比べて、決して枚数も多くありませんし、白黒写真もだいぶ黄ばんで来ているものもありますが、これも重要な自分の歴史です。

 子供が大きくなり、カメラを持って出かけることが次第に少なくなってきましたが、将来女房が、「お父さんの子供のころは・・」とまた次の世代に話ができるように子供達の写真を残していこう、と考えた効果音の多い雨の降り始めでした。

 
   
 
 
   
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